大判例

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京都地方裁判所 昭和33年(ワ)191号 判決

原告

大西卓夫

(ほか八名)

右九名訴訟代理人

橋本敦

石川元也

東中光雄

平山芳明

正森成二

被告

大映株式会社

右代表者

永田雅一

右訴訟代理人

田中治彦

環昌一

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事   実(省略)

理由

原告等が、いずれも被告と雇傭関係にあり、被告京都撮影所の原告等主張の各部課において被告の業務に従事し、日映演大映支部京都撮影所分会の組合員であつたところ、被告が原告等に対し、昭和二五年九月二二日付その頃到達の通告書をもつて、原告等を解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争がない。

<証拠>によれば、昭和二五年九月八日、連合国総司令部エーミス労働課長は、昭和二三年四月から一〇月にわたつて行なわれた長期間のストライキにより会社に致命的な打撃を与えたいわゆる東宝争議をとりあげて、企業防衛のため映画産業から共産主義者およびその同調者を排除すべき旨、被告および同業者である東宝、松竹の各映画会社の幹部に対し、強い語調で意見を述べて示唆し、被告は、これを命令と受けとり、右同業会社と軌を一にして、昭和二五年九月九日、エーミスの同意を得た上、共産主義者(共産党員)およびその同調者を解雇基準該当者と定め、原告等に対し同月二二日発信その頃到達の左記通告書をもつて、原告等を解雇する旨の本件解雇の意思表示をしたことを認めうる。

「   通  告

連合国軍高司令官ダグラス・マツカーサー元師の昭和二五年五月三日以降再三発せられたる声明ならびに書簡の精神と意図に徴し、かつ最近映画演劇企業経営者に与えられた関係御当局の重大示唆にもとづき、わが社は、映画企業の重要性と公共性にかんがみ、日本の安定に対する公然たる破壊者である共産主義者およびその同調者に対し、企業防衛の見地よりこれを解職するに方針を決定した。

よつて昭和二五年九月二五日限り退社を命ずる。

右通告する。

昭和二五年九月二二日

東京都中央区京橋三丁目二番地

大映株式会社取締役社長 永 田 雅 一

附  記

一、昭和二五年九月二五日正午より午後五時までの間に貴殿の所属する事業場において左記給与を支給する。

イ、九月分給料残額

ロ、労働基準法第二〇条に定める賃金

ハ、退職手当

一、事務引継ならびに私物引取は前項の時間内に行われたし。

一、昭和二五年九月二五日午後五時以降弊社全事業場に立入ることを禁止する。

以上」

そこでエーミスの右示唆の性質について検討する。

エーミスの発言がただちに最高司令官の指示と同一の効力を有するものとする根拠は見出し難いし、エーミスが最高司令官を代理して右発言をしたことを認めうる証拠もないから、まず映画産業から共産主義者およびその同調者を追放すべきであるとする最高司令官の指示があつたか否かが問題となるわけである。

被告が右指示の根拠とする。最高司令官マツカーサーの昭和二五年五月三日の声明および同年六月六日以降数次にわたる吉田内閣総理大臣宛各書簡を検討すると、昭和二五年五月三日の声明は、要するに共産主義運動に対する日本国民の心構えについて警告したものであり、同年六月六日付書簡は、内閣総理大臣に対し、日本共産党中央委員二四名の公職追放のための行政措置を命じたものであり、同月七日付書簡は、同じくアカハタ編集責任者の公職追放のための措置を命じたものであり、同月二六日付書簡は、同じく、アカハタの三〇日間発行停止に必要な措置を指令したものであり、同年七月一八日付書簡は、同じく、アカハタの停刊措置の無期限継続を指令したものに尽きるごとくである。右各書簡特に七月一八日付書簡が右指令以外に述べている部分は、結論である右指令を導き出すためのいわば理由づけに過ぎないもののように読みとることができ、右部分をとらえて直ちに日本国民に対し重要産業から共産主義者およびその同調者を追放すべき指示がなされたと解することは、困難であり、いわゆる右赤色追放の指示があつたことは、以上声明および書簡自体からは必ずしも明らかではない。

しかし、最高裁判所昭和三五年四月一八日大法廷決定(民集一四巻六号九〇五頁以下)によれば、右七月一八日付書簡は、公共的報道権関のみならずその他の重要産業の経営者に対し、その企業から共産主義者(共産党員)およびその同調者を排除すべきことを要請した指示である、と解すべきである旨の指示が、当時最高裁判所に対しなされた事実を認めうる。

最高司令官の解釈指示は、当時においては、わが国の国家機関および国民に対し、最終的権威をもつていたのである(昭和二〇年九月一日降伏文書五項および同月三日連合国最高司令官指令二号四項参照)。

右解釈指示がなされた事実が、右最高裁判所決定の時期まで何ら公表されず、下級裁判所に対する伝達もなかつたことを理由に、あるいは右解釈指示の法規範性を否定し、あるいは、右解釈指示を最高裁判所のみを拘束する法規範であると解する見解がある。

しかし、被占領当時、一定の形式によつて公布されていないことを理由に、最高司令官の発令した法規範の効力を否定しえなかつたものと解すべきであるから、右最高司令官の解釈指示は、最高裁判所になされたことにより、法規範としての効力を発生したものと解するのが相当であり、右解釈指示を最高裁判所のみを拘束する法規範であると解する見解は、法規範の本質上、採用しえない。

右解釈指示は、発令官憲の特段の措置がないかぎり、法規範不遡及の原則の適用を受ける、とする見解があり、右最高裁判所決定は、右解釈指示のなされた時期を「当時」と説示しているのみである。

しかし、右解釈指示は、前記書簡の内容を明らかにする解釈指示の形式をもつて発令されたものであるから、右の見解は採用しえない。

右書簡および解釈指示は、ポツダム宣言その他のより上位の法規範に違反するから、無効である、とする見解がある。

しかし、被占領当時においては、わが国の裁判所は、最高司令官の指示がポツダム宜言その他のより上位の法規範に違反するか否かの審査権を有しなかつたものと解するのが相当であり、民事上の法律行為の効力は、一般に、行為当時の法令に照らし判定すべきものであるから、被占領下においてなされた解雇の効力を判定すべき本件において、最高司令官の指示がポツダム宜言その他の上位の法規範に違反する必要がない。

被告の営む映画の製作、配給案は、その事業の性質等から、右解釈指示にいう重要産業に該当するから、原告等が前記解雇基準に該当するかぎり、その解雇は有効である。

そこで、原告等が本件解雇当時前記解雇基準に該当したかどうかについて、判断する。

(被告は、本件解雇後本訴提起までに長期間経過したことにより、原告等が解雇理由不存在の立証責任を負うべきである旨主張するが、採用できない。)

(1)  原告大西卓夫、同金沢佳都夫、同郷田三朗、同鈴村恒雄

同原告等が本件解雇以前に日本共産党に入党し党員となつたことは、同原告等の認めるところであるから同原告等は、本件解雇当時、日本共産党員であったものと認められる。

従つて、同原告等は解雇基準に該当する。

(2)  原告尾木原節子

<証拠>中、同原告が日本共産党に入党した点に関する部分は、採用し難く、他に右事実を認めうる証拠はない。

同原告が日本共産党機関紙アカハタの配布担当者であつたこと、細胞会議に出席し、討論、計画に参画したことを認めうる証拠はない。証人宮脇義雄の証言によれば、同原告の職場が守衛室に近かつた関係から、守衛室に持ち込まれるアカハタの配布を手伝つたことがあることを認めうるに過ぎない。右認定によれば、同原告が本件解雇当時同調者であつたことも認めえない。

従つて、同原告は本件解雇基準に該当しない。

(3)  原告北島一男

同原告が日本共産党に入党したこと、細胞会議に出席したこと、舞鶴文化工作隊に参加したことは、同原告の認めるところであるが、同原告の供述によれば、同原告は、共産主義が何であるかを理解せずに、入党したが、昭和二四年末頃、演技の勉強に専念するため、脱党し、同調者でもなくなつた事実を認めうる。原告大西の供述中、右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

従つて、同原告は、本件解雇基準に該当しない。

(4)  原告国分鉄男

<証拠>中、同原告が共産党に入党した点に関する部分は、採用し難く、他に右事実を認めうる証拠はない。

<証拠>中、同原告が舞鶴文化工作隊に参加した点に関する部分は採用し難く、他にこれを認めうる証拠はなく、かえつて<証拠>によれば、参加しなかつたことを認めうる。

<証拠>中、同原告が細胞会議によく出席していた点に関する部分は採用し難く他にこれを認めうる証拠はない。<証拠>を綜合すれば、同原告は公開細胞会議に一、二度出席したことはあつても、共産主義活動としての討論、計画等には積極的に参加していないことを認めうる。

同原告が製作協議会等を利用して会社の業務を混乱させたことを認めうる証拠はない。

右認定によれば、同原告が本件解雇当時同調者であつたことも認めえない。

従つて、同原告は解雇基準に該当しない。

(5)  原告杉田安久利

同原告が日本共産党に入党した事実を直接認めうる証拠はない。しかし、<証拠>によれば、同原告が親友訴外黒田清己(大映細胞の有力メンバー)の勧誘により、本件解雇の半年程前より、大映細胞会議に出席していたこと、被告会社従業員が、同原告より日本共産党に入党することを勧誘されて困つたことがあることを認めうる。<反証部分省略>

右事実によれば、同原告は本件解雇当時少くとも同調者であつたと認めるのが相当である。

従つて、同原告は解雇基準に該当する。

(6)  原告箕浦英雄

同原告ががアカハタの配布責任者であつたことを認めうる証拠はない。

沼崎勲を囲む西光寺における細胞主催の座談会に出席したことは、同原告の認めるところであるが、同原告の供述(第一回)によれば、同原告は、東宝の俳優沼崎勲が旧知であることから、友人として右座談会に出席したもので、共産主義的な共鳴があつたわけではないことを認めうる。

同原告の供述(第一回)によれば、同原告が、いわゆる平和運動であるストツクホルム・アピールの資金カンパに応じたことを認めうるが、日本共産党の資金カンパに積極的に協力した事実を認めうる証拠はない。

右認定によれば、同原告が本件解雇当時同調者であつたことを認めえない。

従つて、同原告は解雇基準に該当しない。

以上の次第であるから、原告大西卓夫、同金沢佳都夫、同郷田三朗、同鈴村恒雄、同杉田安久利に対する本件各解雇は、超国内法規範である最高司令官の指示にもとづいたものとして、原告等主張の各国内法規、労働協約および就業規則の適用は許されないものといわねばならず、いずれも有効な解雇と認めざるをえない。

そこで、その余の原告等すなわち原告尾木原節子、同北島一男、同国分鉄男、同箕浦英雄に対する本件解雇について判断する。

右原告等四名は、いずれも本件解雇基準に該当せず、したがつて、その各解雇は、最高司令官の指示にもとづく解雇としては有効視しえないのであるから、わが国内法規に照してその効力を検討しなければならない。

本件解雇基準に該当しないということは、エーミスの強い示唆と相容れない解雇をしたのにほかならないから、右四名の解雇が、被告の主張する総司令部の圧力を避けるための緊急行為に該らないことは自明のところである。

また、右原告等四名に被告の企業を破壊する行為があつたことを認めうる証拠はなく、被告主張の企業防衛のための解雇と認めえない。

そうだとすれば、右原告等四名の本件解雇は、原告等主張のとおりの規定の存在について当事者間に争のない被告就業規則第六六条に定める解雇基準のいずれにも該当しないと認めうるから、右原告等四名に対する本件解雇は、その効力を認めえない。

そこで、右原告等四名が本件解雇を承認したかどうかについて判断する。

右原告等が、いずれも本件解雇後、解雇予告手当および退職金を、被告より受領したことは、右原告等の認めるところである。

<証拠>によれば、原告国分鉄男は、被告の指定した支払期日である昭和二五年九月二五日に、被告京都撮影所松浦総務部長から、「近いうちに復職の機会があるから、受取れ。」との勧告に従つて、異議なく、解雇予告手当および退職金を被告より受領し、原告北島一男は、同年一〇月四日頃、松浦総務部長から、「今は素直に引下つたほうがいい。退職金を受取つたほうがいい。」との勧告に従つて、異議なく、被告のした解雇予告手当供託金の還付を受けるとともに、退職金を被告より受領し、原告尾木原節子は、同年一〇月五日頃、何らの留保をせずに、被告のした解雇予告手当供託金の還付を受け、同月二四日、異議なく、退職金を被告より受領し、原告箕浦英雄は、同年一〇月二七日までに、何らの留保をせずに、被告のした解雇予告手当供託金の還付を受け、同年一〇月二七日、松浦総務部長の「退職金は早く受取つたほうがよい。」との勧告に従つて、異議なく、退職金を被告より受領し、右原告等四名は、被告より退職金受領と引換えに、退職金として領収する旨の領収証を、何らの留保の記載をせずに、被告に交付している事実を認めうる。<証拠>中、上記認定に反する部分および「原告等は、被告に対し、内容証明郵便をもつて、解雇予告手当および退職金は同年一〇月分以降の賃金の一部として受領する旨受領前に通告した。」との原告等主張事実に符合する部分は採用し難い。もつとも、<証拠>によれば、被解雇者より被告に対し原告等主張の趣旨の通告がなされた事実を認めうるが、同証言によつては、右通告を、右原告等四名の全部または一部の者が、その退職金受領前にした事実を確認できないから、同証言は上記認定を左右するに足りないし、原告鈴村恒雄の供述(第二回)により、訴外若杉光夫、同黒田清巳、同三浦継子が交替で筆記したものと認めうる甲第六号証も、同じく、未だ上記認定を左右するに足りない。

被解雇者が異議なく解雇予告手当、退職金を受領したときは、特別の事情の認められないかぎり、自己の使用者に対する解雇予告手当、退職金の請求権の存在を認めたものであり、その前提となる解雇の効力を承認し、解雇の効力を争わない意思を表明したものと解するのが相当である。

よつて、原告等の本訴請求は、失当として、これを棄却し、民事訴訟法第八九条第九三条を適用し主文のとおり判決する。(小西勝 石田恒良 辰巳和男)

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